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お千の物語
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与一の家から出て、曲がりくねった路地を少し歩いて、狭い小道に入ってすぐに、あのババァの家がある。
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暗い星空のてっぺんに、月が昇ってきた。猫たちが目覚める時間だ。
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凡人はよく、百年ないし千年生きた猫は、妙齢の少女に化けていたずらをするとか、恩や仇などのために無関係な旅人を追いかけるとか、そんな逸話を伝えるが、それはあくまで凡人の願望だ。
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化け猫は、怒る時になる少女の姿よりも、老人の姿を好む。そのほうがひねくれた性格に合うし、やさしそうな姿で通りすがりの客を騙せるからだ。
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「ただじゃないのよ!」
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声のする方へ見上げると、屋根の上に待ちぼうけた少女がいた。笑っているような、笑っていないような、顔は影に隠れてよく見えない。金緑色に光る瞳だけがはっきり見えた。月の光が露わになった肩から長い足まで、陶磁器のような肌を撫でていく。少女はつまらなそうにけん玉を遊んでいた。
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このババァ、絶対すごく怒っている……
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「また遅刻よ」
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「へ、へい、申し訳ございません」
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紙提灯の明かりが揺れ、羽虫がパッ、パッと提灯に体当たりをする音がした。
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湿気た風が吹いて、程なくしてセミの声が止んだ。
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髪を下ろしている少女は、糸車を動かしながら、怪しく笑う。なんて恐ろしい。
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たとえ大天狗と盃を交わすこの狸であっても、化け猫には礼を尽くすのだ。平たく言えば、先程の無礼に伏して謝罪するのだ。
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「まあ、よい。鯛も新鮮なものだし。苦しゅうない」
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狸の丸い体を頑張って正座の姿勢に戻した頃に、少女が老婦人になって、やさしそうな顔で怪しく笑う。
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「ありがとうございます、千婆様」
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「お千と呼べと言ったろ!」
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ようやく肩が軽くなった。
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まだどこか奇妙な感覚が残っているけれども。
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「アハハ。そういえば、あの阿呆はどうしてる?」
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お千は鮮魚を丸ごと口に入れ、スポッとしっぽまで呑み込んだ。
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そういえば、化け猫が語った大天狗との出会いは、皮肉な話、与一が話したものとは、まったく別のものだった——
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お千はこことは違う、凡人がもっと跋扈している世界から来た。
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とある夜、とある竹林で、幼いお千は行脚僧に捕まり、転々として、最後は将軍に買われ、「御化猫」なんてものになった。
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あの日々は、お千はあまり覚えていない。ただ凡人の偉い人たちは何故か彼女を怒らせたがるし、遊びたがる。彼女を仇を引っ掻いてバラバラにするように仕向けたり、自分たちだけ楽しい遊びにつき合わせたりする毎日だった。
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気が遠くなるほど長い日々だったが、妖怪は長生きだから、凡人よりは辛抱強い。
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ある時、将軍は賊軍の将軍と戦を始め、お千は「忍者」とやらになった。
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「その話はもっとつまらない……」
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お千は目を細め、大きく口をあけてあくびをした。
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あの夜、将軍は妙案を思いついた——
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お千に貴婦人の装いをさせて、小舟に立たせる。金の扇を立てて、賊を辱めようとした。もし賊が踏み込んだとしても、千年の化け猫に返り討ちにされるだけだ。
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それで、敵陣にいる与一は……
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「それで、あの阿呆が突然前に出て、ギャーギャーと扇子を撃ち落とすなどと喚いた」
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そうして、かの大天狗は……
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「……足を滑らせて、派手な音を立てて海に落っこちたのさ」
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猫顔の老婦人は耐えきれない様子でくつくつ笑いはじめた。
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「酔っているからか、大波にさらわれたとでも思っているように手足をバタつかせたわ。あの夜は凪だったのに」
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「ただまあ、何百年もあんな面白い生き物を見てなかったから、気を利かせて、扇子を揺れ落としてやった……そうしたら、向こうの船から称賛の声が上がって、まあおかしいったら……」
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その後、大天狗は大きな翼を広げ、覆いかぶさるように貴婦人に向かって——
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「その時弓矢の雨が降り注いで、あの子はハリネズミみたいになってまた海に落っこちた。もう表情を取り繕うことができなくなって、笑い転げたわ」
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お千は海の中からかわいそうな大天狗をすくい上げ、脇に挟んで大笑いしながら双方の戦艦を飛び越えた。
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その場にいた人間はこう言った。彼女は一飛びで八隻の船を跨ぎ、あっという間に姿が見えなくなった。化け猫の笑い声は、三日間戦場をこだました。
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「笑いが止まらなくなって、思いっきり引っ掻いてやった……あの間抜けな姿を思い出したらまた笑いたくなって、アハハハハハハハハ……」
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猫が化けた老婆が止まらなくなる様子で大笑いした。
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「その後、この世界に連れてこられて、何故か戦利品みたいに扱われて」
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老婦人の顔がポッと怒った少女の顔になった。ただ、先程大笑いした名残か、頬が上気して、すこし滑稽に見える。
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「戦利品なんかじゃないもん!」
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「もしかしたら、これがあの子が私に会いに来てくれない理由なのかもしれないね」
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少女顔の猫老婆が小さなため息を吐いて、また狡猾そうに笑う。
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「そろそろ行きなさい。戸締まりはしなくて良いよ。また月が満ちたらいらっしゃい」
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「そうだ、この蓑を旧友のところに届けておくれ」 |