毎年、魂香の花が咲く頃になると、翹英荘の奉茶儀式の準備が始まる。 花びらが散る頃には、花の香りを九回ほど茶の葉に染み込ませた花茶が、堂の前に供えられる。 突如として訪れた仙人が飄然と去るかのように、魂香の花期は短い。 そして、薬君という曖昧な名と、支離滅裂な数々の伝説だけが残った。 とある物語では、薬君の仙人は肉体を葉の繁る古き茶の木の枝に変えたという。 また別の物語では、手懐けられた悪獣に乗って、仙山へと飛んでいったという話もある。 さらに、こんな物語も—— 少女が陸に上がるや否や、地面に落ちていた帷帽を拾い上げ、無造作に頭に被った。 顔を隠すようなものがないと、彼女は恥ずかしくて口も開けなくなってしまう。 すると、彼女をこんな無様な姿にした張本人が水面から顔を出し、 まるでこの対決の勝敗を誇示するかのように、色とりどりの鱗をキラキラと輝かせた。 「…ぐッ!泳げるのがそんなにすごいことなの?呪ってやる、いつか溺れてしまうように!」 その時は確かに頭に血が上っていたが、あくまで冗談であった。 しかし、あの光り輝く流光はやがて深き淵に消えると、二度と姿を見せなくなった。