——十年前—— ——遥か、二十五光年—— 駿河幕府の統治下で、国中の民が貧しい生活に喘いでいた。 この頃の駿河幕府を治めていたのは、今川征夷大将軍氏真。さらに四年前、大将軍が紆余曲折の末に魔王『彈正忠』の首を取ったときが、恐怖の時代の幕開けだったのだ。 そのような時代、そのような国を、ある一人の剣豪が流浪していた。 彼こそ新九郎と呼ばれた侠客、備中九兵衛である。 その昔、備中九兵衛は浪人ではなかった。大将軍の側近であり、兵法の指南役をしていたというのが、風に聞く噂である。無実の罪を着せられた彼は、大将軍が人を信じぬ性格であったことから、やむなく幕府を逃げ出し、荒野を彷徨う羽目になったのだ。 今、新九郎は丘の上から遥か遠くを見渡している。彼は一体、何を見ているのだろうか。 眼下に広がる田園か?否。 彼方に聳える山々か?否。 延々と続く道であろうか?然り。だが、それだけではない。 新九郎が望むものは、一体何だと言うのか……? 米を報酬として剣豪に依頼した農民たちは畏縮するあまり、誰も問うことができなかった。 答えは、沈黙の剣客のみぞ知る。