虹が消えた頃に、金七十二郎はようやく屠毘荘を出て山へ向かった。 昔の伝説によると、この「荒山」は天帝の刃で切り立てられ、険しい絶壁になっていた。 荒山に地母の涙が沁みているため生物が成長しないという話が民の間で流れていた。 荒山はかつて金に溢れた鉱山で有名だったが、地震でそれらが破壊され、無数の労働者が亡くなった。 それ以降、荒山は猛獣と賊どもに占拠され、誰一人もう一度採掘しようとは思わなかった。 その猛獣と賊の中に、金七十二郎の仇がいた。 剣客は肩を傾け、おぼつかない足どりで歩いていた。この前に屠毘荘主から受けた傷が彼を苦しめた。 この山の奥で自分を獲物として狙う者がいると剣客は知っていた。 長年血にまみれて生きてきた金七十二郎は鋭い勘をもっていた。 一見何もないように見えるが、荒山はすでに金七十二郎に大きい罠を仕掛けていた。 闇に隠れた賊は彼が薄暗いトンネル、或いは崩れた坑道を通過する時に、後ろから彼を襲うことを企んだ。 しかし実際のところ、この荒山だけでも、彼を葬るには十分であった。 傷を負った金七十二郎は絶壁の細い道に沿って艱難に歩いた。 それと同時に、枯れた松の木がある崖に、彼を見つめる小さな影が二つあった。 「もう勝ち負けは決まっている。このまま放っておいても奈落に落ちて死ぬだろう。」 痩せこけた婆が言った。 彼女は青く冷たい瞳をしていた。その目には殺気がこもっており、まるで山に潜む毒蛇のようだった。 「いかん!」 彼女のとなりで、太った爺の声が鐘のように響いた。 「あいつは屠毘荘で三百六十三の命をとった、門番の犬まで彼に…」 「屠毘荘主から傷を負ったとは言え、油断してはいかん!」 「フン…」 婆はあっという間に森の中へ消え去った。 「……」 爺も片跛になった剣客を暫く見つめると、腹を触りながらその場を立ち去った。 その道を行く途中、草には一本も触れなかった。 突然空が暗くなり、雨が降り始めた。 雨の中、金七十二郎は剣を杖にして山道を歩いた。 結局、失血と寒さに耐えられなかった彼は岩の上に倒れてしまった。 闇に飲み込まれる前、彼の前には薄水色の裙が… 懐かしい光景だった。